トヨタEX7にあこがれて

2018年06月08日

 


今から50年ほど前のこと、1970年代半ばから後半にかけて日本全国を「スーパーカーブーム」が席巻した。
一種社会現象にもなったそのブームの真っただ中で、かくいう私も夢中になった一人であるが、ただ、その頃絶大な人気を誇ったフェラーリ、ランボルギーニ、ポルシェ、ロータスといった外国のスーパーカーに特別心惹かれたというほどではなかった。中学生だった当時の私にとっての意中はもっぱら地元のトヨタ車だった。


□トヨタ2000GT


トヨタ2000GTは1965年東京モーターショーで華々しくデビューしたが、意外にもこの車がトヨタ自動車とヤマハ発動機のコラボレーションで開発され、トヨタでなくヤマハの工場で一台一台手づくりで製造されていたことを知る人は少ないだろう。
わずか6人という少数先鋭のプロジェクトチームが結成され、「本格的な高性能GTカー」「日常的な使用条件を満足させる高級車」「海外市場への輸出条件を十分に考慮」 「大量生産を重視せず高品質な仕上げ」「GTレースに好成績を得る素地をもつ」──この5つのコンセプトを掲げて開発されたものだった。

そのトヨタ2000GTのデザインを手がけたのが、トヨタのインダストリアル・デザイナー 野崎 喩(さとる)氏。まるで「走る工芸品」と形容したくなるほど流麗なフォルムがあまりに美しく、50年経った今日でもそのカッコよさに心ときめくのは、それだけデザインが時代を超えていつまでも古びないからだろう。不朽の名車である。
ちなみにトヨタ2000GTには前期型/後期型とモデルがあるが、野崎氏によれば、当初ドライビングランプ(補助灯)が入手できなかったことからやむなく前期型となったものの、「モデルチェンジ後のスタイルが本来の姿」とのことである。
 
中学生だった当時、近所にトヨタ2000GTを所有されていた方がいて、私はその家まで訪ねていって「写真を撮らせてください」と頼みこんだ。するとオーナーは気軽に写真撮影に応じてくださったばかりか、「乗ってみるか?」と同乗もさせてくれた。エンジン音を高鳴らせ市街地を疾走したそのときの興奮は今も忘れない。

(トヨタEXモックアップモデル)

 
トヨタEX7

さて、本稿で書きたかったのはそのトヨタ2000GTではない。とりわけ気に入っていた「トヨタEX7」(巻頭写真/写真提供:Toyota GB)が本稿の主役である。

トヨタEX7は、近未来志向のコンセプトカーとして1970年東京モーターショーにメインで参考出品された。当時はアドバンスカー(先行試作車)と呼ばれていた。
EXとはExperiment(実験)の略称で、1965年東京モーターショーに出品された1/2.5スケールのドリームカー「トヨタEX」(上記写真)にはじまり、それ以後EXシリーズとしてEX-I、EX-II、EX-III...と続く。むろん市販されたわけではないから、ほとんどの人は知るよしもない。

それでもトヨタEX7はコンセプトカーでありながら、トミカから1/47スケール、1/62スケールの2サイズで、またイベント限定の金メッキバージョンや特別仕様モデルなども出ていたことから、きっと熱心に買い集めていたマニアなら「あのミニカーだ」とすぐ分かるにちがいない。しかもトミー(現タカラトミー)から無塗装の組み立てキット(下記写真)まで出ているところが興味深い。
 
(トミー「ダイキャストモデル キット」)


□開発コンセプト

それではトヨタEX7とはどういうコンセプトのもとで開発されたのか、当時の資料から以下紹介する。


<トヨタEX7 特別出品車>
 
目的
将来の都市間長距離交通に適応した高速ツーリングカーとしてのスタイルと機能を特つアドバンスカーで、高速、快適、安全走行を目的とした実現性のあるアイデア機能を追求した。
 
特徴
★ボデーは高速走行に適した低い安定したスタイルと独特なフロント、リアビューで、これらは風洞実験で得られた成果を徹底して取り入れた。
★リアビューの視野についてはルーバー付きのバックウインドウやサイドに設置したアクリルの窓によって確保した。
★新しい情報伝達システムを採用したリアーおよびヘッドランプ類。たとえば、シーケンシャル・ターンシグナル、加減速表示ランブ(ブレーキ制御時だけでなく、加減速時の情報をも後続車に伝達する標示ランプ)、昼夜2レベル切換ランプ、コーナリングランプ(コーナリング時に進行方向を適確に照射するランプをヘッドランプとは別に取りつけた)、高速用ドライビングランプなど。
★低い車高の乗降性の不便さを、ドアとシートを連動した新しいドア開閉機構により容易にした。
★シートのー体化した集中コントロールパネル方式を採用して、すべての操作がいつも使い易い手元で行なえるようにした。
★円筒形体の見やすい位置に集中的にメーター類をレイアウトした。上面のセーフティパッドは上方に開いてドライバーと助手乗員を保護するガスバッグが格納されている。
 
EX7
スタイルは、高速走行に適した安定したボデーシルエットと独特なフロント、リアビューと全体としてウェッジタイプのサイドビューから構成されている。
 
参考仕様
全長×全幅×全高 ─ 4,300mm×1,842mm×1,050mm
ホイールベース ─ 2,250mmの2座席
その他 ─ 前後輪独立懸架 全輪ディスクブレーキ


□トヨタEX7の特長
 
巻頭写真をご覧いただくと分かるように、トヨタEX7の際立った特長は何といってもドア開閉機構であろう。
車高が1,050mmときわめて低かったことから乗降しやすいよう、左右別々にルーフごと開閉するドアと連動して集中コントロールパネルとシートが油圧駆動で同時にせり上がって乗員を乗せたまま昇降できる、ユニークな工夫が秀逸である。

また室内のコクピット(下記写真)は実に未来感あふれるもので、デジタル式計器はダッシュボードの透明なシリンダーケースへ収納、コントロールパネルはシートと一体化し配置されている。
1970年トリノショーで発表されたベルトーネの「ストラトス・ゼロ」も衝撃をくらったが、トヨタEX7も飛び抜けて先駆的なモデルだった。

(トヨタEX7のコクピット/Source: Toyota GB
 

□エンジンはトヨタ7

トヨタEX7はリアのエンジンフード全体が開閉し(ただしフロントのトランクフードとリアのボンネットは開閉しない)、ミッドシップにレーシングカー「トヨタ7」(578A=下記写真)のV型8気筒5リッターDOHC4986ccエンジンを搭載するが、実用性を考慮してトヨタ7の800hpターボチャージャー付きでなく、自然吸気の450hpへと馬力を下げている。 ちなみにシャシーはトヨタ7がアルミ合金製なのに対し、トヨタEX7は鋼板フレームである。

(トヨタ7/Source: Toyota GB)
 

□トヨタEX7と出会う

東京モーターショーに出品されたあと、トヨタEX7は「愛知子どもの国」(西尾市)の見学施設にしばらく展示されていたことがある。そこで私は思いがけなく実車と邂逅を果たした。
そのときに撮った写真を紹介するが、撮影ポーズを決めようとついボディに手をかけてしまっているタチの悪さは冷や汗ものでお許し願いたい。中学生の身長でも車高がどれほど低いか、お分かりいただけるだろう。この施設で2度見かけているが、3度目にその姿はもうなかった。

(愛知子どもの国に展示中のトヨタEX7)


□デザイナーと出会う
 
かねがね私は、このトヨタEX7をデザインされたのはどんな方だろう? と関心を寄せていた。ふと最近になってトヨタ自動車の本社窓口へ問い合わせたところ、「EX7は、渡部紀綱によるデザインでございます」と直球が返ってきた。
この機会を逸したらもう会えない… そう感じて何とかツテを頼りながらも、その渡部氏とついにコンタクトをとることができた。

今年5月10日、当社オフィスへわざわざお越しくださり、長時間にわたり興味深い話をいろいろ伺わせていただいた。トヨタEX7について集めまくった資料を披露し、渡部氏からは開発当初のレンダリングを見せていただいた。シルバーやレッドのカラーリングもなかなかのものだ。最終的にボディカラーはブラックとイエローパールの2色で表現、非常にインパクトのある色鮮やかな配色が印象的だ。
 
(トヨタEX7の関連資料)
 
(トヨタEX-I/Source: Toyota GB)
 
 
プロフィール紹介
 
インダストリアル・デザイナー 渡部紀綱氏は、1965年から2000年までトヨタのデザイン部に在籍されていた。トヨタEX7のほか、セリカの先行モデルとして開発された「トヨタEX-I」(上記写真)、未来の高速走行のためのスタイリングとフォルムを追求した「トヨタEX-III」、将来のセダンとして開発されたワゴンタイプの「トヨタF-101」といったアドバンスカーの分野はもとより、安全コロナや商用車などの分野でもチーフとして携わってこられた。
 
今回初めて知りえたこととして、当時並行して開発が進められていたレーシングカー「トヨタ7」(前掲写真)のデザインも渡部氏が手がけられたとのこと。純白がまばゆく映え、美しさと気品漂うスタイリングに魅了されるが、デモンストレーションの公開披露のみで、実戦レースには一度も走行することなく出番を逸した。
そう言えば昔、EX7の名前の由来についてトヨタ広報部から「Experimental Vehicle(実験車)+Toyota7」の略称だと伺ったことがある。言うなれば両車は、「7」つながりであるとともに「デザイナー」つながりでもあったわけだ。
 
ところで渡部氏は入社してまもない頃、アメリカのカルフォルニア州パサデナにあるデザイン専門の名門校「アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン」へ派遣留学されていた。 そこでの若かりし頃の渡部氏の姿が、アメリカの自動車業界メディア「Automotive News」(2007年10月29日付)の記事に出ていたので紹介しておこう。

Creation of Calty launched new era of California car design (AUTOMOTIVE NEWS)


(トヨタEX7クレイモデル/Source: LIGNESauto)


□トヨタEX7への憧憬

あれからトヨタEX7はどうなったのだろう?   その行方が今もずっと気になってはいる。トヨタへ問い合わせても「お調べが難しく、ご案内いたしかねます」と素気ない返事。
もしスクラップになってしまったとすれば(むろんその可能性が高いが)非常に惜しいことだし、幻のプロトタイプモデル「トヨタ パブリカスポーツ」がよみがえったのだから復元可能とも思えるが、トヨタEX7と同じ年に出品されたコンセプトカーのマツダRX500がいまだ健在なのを羨ましく思ったりする。
 
コンセプトモデルというのは、一般の人の目に触れる機会がそうあるわけではないが、デザイナーの想い、未来への眼差しがストレートに伝わってくるものがあって、磨かれてソフィスティケートされた市販車とはまた違った原石のような魅力がある。
外国のスーパーカーよりも一人の日本人が手がけたトヨタEX7の雄姿の方に目を奪われたのは、今思えばすぐれたデザインを身近に発見できた喜びと羨望がきっと心のどこかにあったのだろう。
 
子どもの頃にあこがれたトヨタEX7への想いあって、この機会だからこそ伝えたかった──
 
「トヨタEX7のファンです」
 
渡部氏は「そうですか」とにこやかに頷いてくださった。
今回こうして念願かなってご縁をいただくことができ、あらためて渡部氏に心よりお礼申し上げたい。

(トヨタEX-IとEX7のミニカー)
 
 
(文責=鳥居賢司)
 
 
【参照文献】
□「トヨタ2000GTを走らせる」(野崎 喩/デザイン批評 第2号)
□「未来の長距離交通へ──トヨタEX-7」(モーターエイジ 1970年12月号)
□「第17回東京モーターショー」(CARグラフィック 1970年12月号)
□「第17回東京モーターショー 国産・外車便覧」(モーターファン 1970年12月号)
□「ドリーム・カーの未来と現実」(モーターファン 1971年1月号)
□「トヨタ・デザイン ─その歴史と組織 」(CAR STYLING No.5)
□「乗用車のスタイリングデザイン」(八重樫 守/山海堂)
□「トヨタのデザインとともに」(森本真佐男/山海堂)
□「トヨタ2000GT開発記─インダストリアル・デザイナーのノートから」(野崎 喩/SUPER CG No.33)
□「名車を生む力─時代をつくった3人のエンジニア」(いのうえ・こーいち/二玄社)
□「日本のショーカー1・2─自動車アーカイヴEX」(二玄社)
□「東京モーターショー トヨタ編 1954〜1979」(山田耕二/三樹書房)


 


 
 
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